直木賞候補にもなった
姫野カオルコさんの話題作、
「ツ、イ、ラ、ク」。
文庫になっていたので、発売とほぼ同時に買いました。ずっと気になっていた作品だったのです。
すごく面白かった。面白かったんだけど、なぜか感想が書きにくい。なんというか・・・ちょっと自分の恥ずかしいところをほじくり返して見せ付けられたようなバランスの悪さを感じるので、他の本を読んだときみたいに素直な感想が書きにくい・・・そんな感じです(笑)。
物語は近畿地方のとある田舎町が舞台。最初は小学2年生(!)の子供たちの日常描写から幕を開けます。小2というと、大人の感覚ではただの小さいコドモとしか思えないんだけど、実際は決してそうではなく、2年生には2年生の人生があり、駆け引きがあり、葛藤があり、紛れもなく「男」と「女」なのです。この田舎町の小学校に通う数人の男女の間にも様々な人間関係があり、一人一人個性が違います。
やがて彼らが中学校へと進学し、男がより「オス」となり、女がより「オンナ」となる思春期真っ只中の時代に、一人の女子生徒
「森本隼子」が恐ろしいほどの早熟さを開花させ、ある恋愛事件を起こします。それは国語教師
「河村」との禁断の関係。「恋」なんて可愛らしい始まり方ではなく、まさに「禁断」です。(ちなみに作者の姫野カオルコさんは、主人公の隼子のモデルは某フランス人女優Sさんと明言しています。)
最初、概要をどこかで見聞きしたときは、切羽詰るほど愚直で純粋な、青臭くてせつない系の青春恋愛ものなのかと勝手に想像していました。でもそこは姫野さんなので、ストレートに一筋縄に行くはずもなく。時に茶化すように、場違いなほどギャグ寸前の文体を混在させつつも、良識あるマジメな大人なら一瞬「ええっ!中学生がそんな・・・」と引いてしまうような、「それそのもの」をリアルすぎるほどリアルに(?)書き込んだ小説なのでした。うーん、電車の中で読んでてちょっと困りましたわ(笑)。
けれども、隼子と河村先生の恋は、初めこそまさに「墜落」と呼ぶにふさわしい、「性」そのものが爆発したような発情した関係だったのが、気付いたときにはその後の人生を左右してしまうほど、決定的に痛々しい真実の恋になっていたのです。それが淋しくて、思わず泣けてきました。
隼子は同級生の誰よりも早く、疾走するように全身で「恋愛」を知ってしまったけれど、スタートダッシュがあまりに強烈すぎたせいか、その後30代を迎える最終章ではむしろ学生のまま時間が止まっているかのような、洗いざらしのコットンみたいな女性になっているように感じられます。無造作なのに、どこか痛々しいような乾いた悲しさを感じさせるのです。
一方、同級生達は、色気づくのが極端に早かった者もいれば、幼い無邪気さがなかなか抜けなかった者もいて、様々な青春を同じようでいて一人一人違う速度で通り過ぎて行きます。そして30も超えた頃には、みんななんとな~く似たり寄ったりの「緩み」を携えたオトナになって丸くなっています。そして形こそ違えど、オトナの澱みとかいやらしさをしっかり身にまとってもいる。でもそれも人生の醍醐味ですね。私は嫌いじゃないです。(オクテで色恋にあまり興味なかった女の子が、結婚したあとせっせと浮気に精を出しているのが可笑しかった。)
現実もまさにこんな感じだよな~なんて思いました。10代の頃すごく大人っぽかった人ほど、大人になってもあまり激変しなくて返って少女っぽく見えたり、むしろ童顔でコドモっぽかったタイプほど、いいお母さんお父さん(オバサンオジサン)になってすっかり貫禄がついていたりする例って結構ありますしね。そしてどっちがいいとか幸せとか言い切れない気がします。
文体が独特なのと、題材が題材なので、ところどころ「うーん、ここはあまり好きじゃないな」と思う部分があったのも事実です。でも読んで良かったと心から思いました。
群像劇としても面白く読め、恋愛小説としてはちょっと変化球のように思わせておいて、実は直球の純愛ものとも取れるこの小説。姫野さんの著作では、手紙形式の群像劇の
「終業式」を読んだときのほうが正直グッときたんだけれど、この
「ツ、イ、ラ、ク」も、読みながら自分の中学時代を振り返って思い出したりしつつ、隼子の嫉妬したくなるほどの早熟さにドキドキし、そして要所要所で涙を誘われていました。子供時代や中学時代の描写もいいけど、最終章の30代(河村先生は40代)の、どこかやるせなさと隣り合わせのドライで穏やかな日常描写もかなりイイです。そのやるせなさがあるからこそ、あまりにオーソドックスなラストシーンがジンワリくるのだと思います。これはやっぱりそれ相応に年取った人間のほうが、リアルにせつなさを感じられるでしょうね。
思春期の頃と大人になってからで、人は何が一番違うかと言うと、私は「時間」の感覚だと思うんです。「時間」の長さであり、その「時間」を過ごしているときの心や肉体のビビッドな感覚。子供の頃や中学生の頃は、こんな「時間」感覚がずっと続くものだと思っていたのに、大人になると、それが一瞬のことであり二度と取り戻せない感覚なのだと気付きます。そしてその感覚は、ありきたりだけど「眩しい」のです。
この小説を読んでいると、そういう「眩しい」ような感覚を思い出してしまいます。いわゆる「青春」の意味を本当に理解するのは、ずっと後になって後ろを振り返ったときなのかもしれないなぁ、などと思ったりしました。
散々語られていることですが、この小説は「オトナ向け」の青春小説です。読んでいると自分の昔を思い出して、ちょっと恥ずかしくなっちゃうかもしれません。私は、中学の頃、好きだった男の子と偶然教室の扉で手が触れ合ってドギマギした14歳の日を思い出しました(笑)。なんであんなに瑞々しく生々しくときめいていたんだろうなぁ、あの頃って。うらやましいなぁ。でも大変そうだなぁ、なんて思ったりして。