熱烈なファンも多い香港映画の傑作
「インファナル・アフェア」が、ハリウッドでリメイクされるというニュースを聞いた当初、私は
レオナルド・ディカプリオと
マット・デイモンというキャスティングにちょっとした拒否反応を起こしました。別にこの二人が悪いんじゃなく、
トニー・レオンと
アンディ・ラウの演じたそれぞれの役には「似合わーーん!」と思ったからです。
勝手に私の希望のキャスティングを
過去記事に書いたりもしましたが、そんな私個人のショボい望みがハリウッドに採用されるはずもなく、映画は
マーチン・スコセッシ監督で堂々完成、しかもアカデミーノミネートまでされています。
・・・というわけで、見に行って来ましたとも。「スコセッシ映画=長い」という苦手意識を脇に追いやり、あの魅惑的なアジアン・フィルム・ノワールが、いかにアメリカンな味付けに仕上がっているのか、この目で確かめようと思ったのでした。
スコセッシ映画はやはり長いです。2時間半以上あったかな?ディカプーとマットというルックス的に似てる二人、しかもどちらも童顔ときてるわけで、二人が向き合うスチール写真を見た当初は
『わんぱくツインズ危機一髪!』という邦題を勝手につけた私ですが、実際出来上がった作品を観たところ、想像以上に彼らが熱演していてなかなか迫力もありました(特にディカプーの苦難に満ちた演技はなかなかのものだった)。
でもね。好き勝手書かせてもらっちゃうと、やっぱり幼いんだなー、二人とも。比べるな、比べちゃいけないと思っていても、頭の中ではついついオリジナル版と比較してしまう。二人とも演技には定評のある若手俳優(三十路ですが)だけど、どうしたってオリジナルのトニー・レオンとアンディ・ラウの脂の乗った、それもちょっとくたびれ果ててきた男臭さと渋い色気には敵わないんですわ。まあ年も違うしね。
アメリカのスター俳優を香港スターと比べること自体無意味だとは思うんだけど、リメイクを作る以上、オリジナルを超えるものを作ろうという意気込みは絶対あるはずだし、見てる側だってついつい厳しくなるものですよね。トニー・レオンのやさぐれた哀感は、なかなか真似できるものじゃないのだなー、なんて思ったり。ディカプーも行き場のないフラストレーションと苦しみを上手く表現していたけれど、いかんせんまだ若い。そしてマット・デイモンの役は、ただの自分だけが可愛い卑怯なワルみたいになっちゃってるようにも見えてしまった。アンディ・ラウの場合、保身に走ってもどこかにそうせざるを得ないと納得させる力を感じたんだけどなぁ。
それからこの映画、悪の権化の
ジャック・ニコルソンが前面に出すぎです。大御所だしギャラ高いし、こういう扱いになるのは仕方ないのかもしれないけど、この話この人が主役じゃないでしょう?っていうくらい登場シーン多すぎ。コテコテすぎてちょっと食傷気味です。こういうエグい演技したいんだろうなー、この人、ほらやっぱりねって感じ(笑)。
でもたぶん、そう感じるほうが少数派で、「さすがの存在感!」と賛辞を送る意見のほうが絶対多いと思います。これはもう、私がもともとジャック・ニコルソンがあまり好みの役者じゃないところからきてるので、ちょっと偏見入ってます。すみません。いや、たしかにすごい存在感ですよ。彼の圧倒的な個性でこの映画が成り立っていると言ってもいいんじゃないでしょうか。でもだからこそ余計にオリジナルとは別物になってるんだと思います。
オリジナル版だと
マフィア側のサムと対峙する位置に
ウォン警視が出てきて、この二人の重みは同等だったと思うんだけど、ハリウッド版だと完全にジャック・ニコルソンの一人勝ち状態です。
ウォン警視の役柄は、今回は
マーチン・シーンが演じてるんだけど、ちと影が薄い(泣)。しかも、ウォン警視に相当するこの役どころは彼一人が担っているわけじゃないんですよ。ウォン警視のポジションを、ハリウッド版だと
①マーチン・シーン、②過激な言葉で相手を挑発するのが得意な荒くれ刑事マーク・ウォールバーグ、③いかにも俗物っぽいバカそうな上役のアレック・ボールドウィン、この3人にそれぞれ役割分担させているような感じ。だから変化もあるし、ゴージャス(かどうか怪しいが)。でもそれだけに散漫な印象になってしまい、返って薄味になってしまっている。オリジナルで描かれたトニー・レオンとウォン警視の特別な絆が、ハリウッド版ではどうも描ききれてないんですよね。ウォン警視のあの苦みばしった独特の個性は残念ながらスコセッシ版では味わえません。彼の例のショッキングなシーンも、グロい効果音と血みどろが目立つばかりであのゾッとするような衝撃はないし。
全体的に、あれこれ贅沢に盛り込みすぎたせいで、印象としては派手でインパクトがありそうでいて、見終わった後にあまりズッシリと胸に残るものがない、そんな印象を受けました。追いつ追われつのシーンでも、オリジナルにはシンプルでありながらヒヤッとするような緊迫感があったけれど、今回はストーリーを知っているハンデを差し引いても、ちょっと冴えないなぁという感じ。けれども全体的には、パンチの効いた畳み掛けるような展開と大物がこぞって出演している豪華さ、ハリウッドならではのメジャー感覚で、十分楽しめる作品に仕上がっていると思いました。そういう意味では完全に娯楽大作と言っていいと思います。
オリジナル版は「終わらない地獄、生きながら続く地獄」の苦しみを描いているけれど、アメリカではそういう精神性って理解しにくいものなのかもしれませんね。ラストも変えてあって、「あ、きっとこの人がこうするな」って思ってたらやっぱり当たりました。でもこの映画に限っては、この終わり方でスッキリしますね。じゃないと返って腹が立つもん(笑)。そういうふうに見ているほうに思わせる作り方をしているところが、いかにもアメリカ的。ドライだよなぁ。
あー、あと一つどうしても解せなかったのは、女性の描き方。あまりに女をバカにしてませんっ?!オリジナルではアンディ・ラウには
マリーという恋人がいて、トニー・レオンには精神科医の
ケリー・チャンという想い人がいたし、サムにも恋女房がいた。男のドラマの中でさほど目立つ扱いではなかったけれど、どの女性も一人一人自分なりの誇りとか信念を持っていそうな、一本芯の通った描き方をしてあったと思います(ケリー・チャンの演技は、まあなんだ、アレだけど)。でも、このハリウッド版はちょっと・・・・。
ディカプーとマットが同じ精神科医を好きになるというわざとらしい設定になっていて、しかもその女が
何の躊躇もなくあっさり二股かけてるんですわ。大事な役のわりに地味な女優使ってるし(この女優さん自体は悪くはないけど、この役にはちょっと無理がありすぎでしょう)、なんというか、男優にお金使いすぎたから女優陣には手を抜いた感がありありな気がしたのは私だけですかねぇ?ていうか、あんないいかげんでフラフラした精神科医、絶対診てほしくないんですけど。これだけは同性として納得いかないものがありました。ディカプーとマットが二人ともこの女医に惹かれる理由も分からないし、彼女が
どっちの男にも簡単に落ちるところも理解不能。オリジナルではトニー・レオンがケリー・チャンの診察室の椅子でだけ安心して眠れるという、オアシス的なエピソードがあったけれど、そういうのもナッシング。
とまあ、私ったら気付けばオリジナルとの比較ばかり書いて随分辛口ですわね(笑)。失礼しました。でも映画としてはとても楽しめる作品だと思います。別物と考えましょう。あの、野蛮だけど粋な、悲しくも繊細な男たちのドラマは期待しないでね。スター俳優がスピード感溢れる演技合戦を繰り広げるスコセッシワールドへ、いざ!先入観を捨てて劇場へレッツゴー!
☆おまけ☆ マーク・ウォールバーグが意外と良くて「おや?」でした。最初は「なんだかなー」って見てたんだけど、見終わったときには一番好きだったかも。助演男優賞ノミネートされたんですね。まあ、得な役かもしれません。
あと、ジャック・ニコルソンの側近中の側近フレンチ役の
レイ・ウィンストンも、なかなかの存在感。あの人、昔
ゲイリー・オールドマンが監督した
「ニル・バイ・マウス」でアル中の父親役で主演していた人でした。びっくり。
左:「インファナル・アフェア」 右:「わんぱくツインズ危機一髪!」