電車の中で読んでいて、
最後のほうは泣けて仕方なかった本。
玉岡かおる著
「天涯の船」。
明治時代、留学生たちを乗せた船がアメリカへと向かう。良家の姫君の身代わりに仕立て上げられ、過酷で数奇な運命の波に翻弄される貧しい少女
ミサオ。
乳母の厳しい折檻としつけに耐え切れず逃げ出そうとしたミサオが、船の中で出会った前途ある青年
光次郎。淡い初恋を抱きあいつつ、胸の奥に想いを押し隠したまま別々の人生を歩み始める二人。
荒波のような運命を受け入れ、賢明に学び、非の打ち所のない貴婦人へと成長していくミサオ。やがてオーストリアの貴族夫人の地位まで上り詰めるのだけれど、人生の節目節目に、まるで神が引き合わせるかのように何度も光次郎と再会してしまう。ヨーロッパの子爵夫人と日本・神戸の造船王。儚い初恋は成熟した恋情へ、それなのにどうしても形にすることのできない恋。
舞台は神戸からアメリカ、オーストリア、ロンドン、スイス、パリと世界を駆け巡り、年月を重ねれば重ねるほど、想いは深く濃く、激しくなってゆく。
上巻を読んでいる限りはそれほど恋愛色は強くない。
物語全体を通して、明治から大正、昭和と激動の時代を走った日本と、戦争の影に揺れるヨーロッパの情勢を織り交ぜながら、フィクションに歴史上の実在人物をうまくからめたりして、壮大な大河ドラマのような構成。ミサオの人生が12歳の頃から晩年まで描かれるので、一人の女の静かだけれど壮絶な人生絵巻と言う感じで、それだけでも十分面白い。(大和和紀の昔の漫画みたい?)
けれども、下巻に入り物語が終わりに近づくにつれ、ミサオと光次郎の幼い初恋が、一生をかけた運命の激しい愛へと変わってゆき、そのあまりにせつなくて悲しいさまに涙が出て仕方ないのだ。
光次郎は、薩摩弁を豪快に話す、小男でカワウソのようなヒョウキンな顔立ちという設定で、決して色男でもハンサムでもない。だけど読んでいると、この男がものすごく好きになってくる。(実在の有名な人物がモデルになっている)
主人公ミサオに関しては、周りの男がみんな彼女を好きになる、という少女漫画によくありがちな展開は多少鼻につかないでもないけど(笑)、凛とした生き方と心の底で一人の男を想いつづけるひたむきさにとても共感できる。
素人のくせに生意気なのは百も承知であえて言わせてもらうと、文章がロマンチックすぎて柔らかく、「若い」印象がところどころに感じられるのが少し惜しいと思うし、段落によって一人称だったり三人称だったり視点が変わるので、全体のトーンがいまいち統一されず分かりにくいところがあったのも事実。(ほんと、生意気言ってごめんなさい)
それでも、著者の玉岡かおるさんが、おそらく膨大な文献を読み、取材し研究して練り上げ、これほど壮大な愛の物語を描ききったことに感服してしまう。
以前のめり込むように読んだ
「本格小説」(大好き!)が、オトナの硬質さが匂い立つクールなロマンチシズムを描いているとしたら、こちらの「天涯の船」は、少女の無垢な想いをそのまま成熟させた、ストレートで気恥ずかしいほどのロマンチシズムを堪能させてくれる。そして、主人公二人の姿に「ああ、あたしったらまんまと乗せられて」と思いつつ、思いっきり泣かされる。
私、実はそれほど恋愛小説って読まないほう。(いつもミステリーばっかりだし)
それでもこの恋物語には泣かせてもらった。「ベタだな~」と思いつつ、やられた。
なんて悲しくも激しい、狂おしいまでの愛なんだろう。なんてまっすぐで気骨ある人生なんだろう。
どうせ生きるなら、これくらい全力で生きてみたい、そんなふうに憧れる物語だった。