「フィアレス FEARLESS」 1993年の作品。
ピーター・ウィアー監督の作品は、派手さはないが良質で外れがない。そう思っている人は多いだろう。私もその一人。90年代前半に、飛行機事故の生存者を描いた
「フィアレス」がアメリカで公開されたのを知って、ウィアー監督ならぜひ見たいと思ったものだ。しばらくしてビデオで見たものの、それっきりになっていたのだけれど、先日DVDが980円(!)で店頭にあるのを発見、さっそくゲットして久々に見直してみた。
主人公の
マックスは飛行機事故から奇跡的に生還し、しかも彼の導きで生存者が無事脱出できたため、マスコミによって「ヒーロー」に祭り上げられてしまう。ところが彼自身は、事故をきっかけに人が変わってしまい家族をも拒絶、事故で心が傷ついた生存者を気にかける一方、「絶対死なない」自分という存在に、虚無的な悟りのようなものを抱いてしまう・・・。
実はこの作品は、当時原作小説を先に読んでいて、映画はあとから鑑賞した。小説では、物語はまさに
「事故が起きる直前の飛行機内」の描写で幕を開ける。最初は機内で気楽な会話を交わしていた主人公達。そこから、飛行機の様子が徐々におかしくなり、機内が修羅場と化し、惨事が起き、彼が生き残り脱出するまでの展開が、丹念に書かれている。そして、映像がなくてもその恐怖と迫力は相当なもので、読んでいて衝撃を感じたのを今でも覚えている。
後になって映画を見たとき、最初はちょっと驚いた。映画は、主人公
マックス(
ジェフ・ブリッジス。何気に好きです)がトウモロコシ畑をかきわけて歩いてくるシーンから始まるのだ。左腕に赤ん坊を抱きかかえ、右手には少年を連れている。そしてマックスの後を追うように、生存者たちがゾロゾロと続く光景。そう、映画では
「既に事故が起こった直後」から描かれているのだ。
正直、はじめて見たときはその描き方に少々落胆した。事故のストレートな描写はあまりに凄惨になるから、上品なウィアー監督が敢えて省いたのだろうか、とすら勘繰った。けれども、ストーリーが進むにつれて、マックスの夢の中の回想シーンとして、途中で断片的に機内の様子が描かれていくことに気付く。
マックスが手を握って助け出した一人旅の少年は、マックスを守護天使のように崇め、彼にまとわりつくようになるし、事故で幼い息子を亡くして罪の意識にかられる
カーラ(
ロージー・ペレスが熱演。アカデミー助演女優賞ノミネートの演技です)とは、生き残って心に傷を負ったもの同士惹かれあうようになる。マックスは不思議と犠牲者たちの心に安らぎを与える存在なのだ。けれども、マックス自身は、妻(
イザベラ・ロッセリーニ)や息子にも、カウンセラー(
ジョン・タトゥーロ!笑)にも心を開けない。自分の不死身を試すように、あえて危険な真似をしてみたりして何か自暴自棄になっているようにも見える一方、極端な躁状態になったりして、彼の本心はなかなか見えてこない。
どうしても子供の死への罪の意識をぬぐえないカーラのために、マックスは体を張った荒療治に出る。結果カーラの心は救われるが、マックス自身はどう生きていいのかまだ分からない。
そしてラストシーン、あるアクシデントがきっかけで、マックスの脳裏に事故の瞬間の記憶が蘇る。
小説では冒頭に描かれた衝撃的な墜落シーンが、映画ではラストにようやく描かれるのだ。
「ああ、そうきたか!」とウィアー監督の手腕に一本とられた。これは映画ならではの手法だし、アイデア勝ちと言える。それまで延々とマックスや他の生存者の苦しみを静かに描き続け、時に身勝手とすら映るマックスの行動に疑問を感じるところもあったのだが、最後の最後に、事故の悲しく衝撃的な(でも不思議と美しい)映像をもってきたことによって、彼らの真の苦しみが鮮やかに浮かび上がる仕掛けになっている。ここのシーン、私は涙が止まらなかった。そして、本当の意味で「生きたい」という意志を取り戻して、もう一度生還するマックスの喜びに、胸を打たれた。
今回見直してみて、初見時よりはるかに感動が大きく、そして涙も絶えなかった。「死」を描くことで、「生」を実感させる、地味ながらとても優れた作品だと思う。そしてどれほど悲劇的でショッキングなシーンでも、そこに静かな美しさを映し出すウィアー監督の感性に、また感銘を受けた。
これで980円はお得です。あまり知られていない作品だけに、ぜひオススメしたい秀作!
追記:ロージー・ペレスの旦那で、慰謝料の額を吊り上げることに必死の男役に、まだ売れてない頃の
ベニシオ・デル・トロが!そして俗っぽい弁護士役に
「アマデウス」の
トム・ハルス。こういう古い映画を見直すと、意外な人が意外な脇役をやってたりするので、その発見がまた楽しかったりします。