「不滅の恋 ベートーヴェン Immortal Beloved」 1994年の作品。
今では少々遠くて淡い存在になってしまったが、以前の私は自称「日本一の」
ゲイリー・オールドマンファンだった。まだ余程の映画通でなければゲイリーの名前も知らないような時代に、草分け的ファンを自認していた。(←自慢)
あの当時ゲイリーに注目していたのは、日本ではおそらく私と
三上博史くらいだろう。三上博史、トレンディドラマで売れ始めたころに、雑誌のインタビューでゲイリーの名前出してたのよ。
「イギリスの俳優ですごい奴がいる、役柄によって雰囲気がガラッと変わるんだ。ああいう奴を見ると、俺も負けてらんないと思うよ」とかなんとか(かなりうろ覚え)。
実際ゲイリーはいわゆる美形ではなく、とりたてて個性的なルックスじゃないので、かえってどうにでも化けやすい。
「JFK」で
狙撃犯オズワルドの役をやったときなんて、あまりに地味なオズワルドに似すぎていて、全然目立たなかったくらいだ。
←ちょっと福山雅治風(に見えるのは私だけですか?笑)
90年代中頃、ゲイリーはハリウッドで本格的に知名度を上げ、クレイジーな悪役として知られるようになっていたけれど、そんな時期に単独主演で実在の人物
ベートーヴェンを演じたのがこの
「不滅の恋」だ。(ちなみにゲイリーは実在の人物を演じることが意外と多くて、過去にも
セックス・ピストルズのシド・ヴィシャス、ゲイの作家
ジョー・オートン、上記の
リー・ハーヴェイ・オズワルドなどを演じている。)
この映画はベートーヴェンという偉大な音楽家が、いかにエキセントリックで波乱に満ちた生涯を送ったかが分かりやすく描かれている。そして物語のテーマとなっているのが、彼が遺書に記した
「不滅の恋人」とはいったい誰なのか?というミステリーだ。ベートーヴェンの死後に発見された遺書には、この「不滅の恋人」に全財産を遺すと書かれていて、その恋人が誰なのかは、未だに分からないのだそうだ。この映画では、監督の
バーナード・ローズがフィクションとして、ある答えを出している。映画の中ではベートーヴェンの生涯を彩った恋人として、幾人かの女性達が現れる。(腺病質風美人の
バレリア・ゴリノ、貫禄オトナ美人の
イザベラ・ロッセリーニなど)そしてフィクションでありながら、監督が出した「不滅の恋人」の答えに、私は思わず大泣きしてしまった。(納得いかないという意見も結構聞きましたが。まあ気持ちは分からなくもない。)
ベートーヴェンというと「耳の聞こえない」作曲家としてあまりに有名だけれど、この映画では彼の「音楽家なのに聞こえない」という苦痛を、非常にわかりやすく描写している。楽曲の発表会で、聞こえないためにオーケストラを上手く指揮できないベートーヴェンが、聴衆の失笑を買うシーン。映画は突然「音」を遮断し、ただノイズのような空気の振動とベートーヴェンの心臓の鼓動だけが伝わるような演出に切り替わる。あのシーンはとても「痛い」。あの描写によって、彼がどれだけの苦しみと孤独を抱えて生きているのかがくっきりと浮かび上がるのだ。
最初のうちベートーヴェンは耳が聞こえないことを周囲に隠していたらしい。彼は映画の前半部で語る。「もっと大きな声で話してください、耳が聞こえないのです、とどうしても言えない。音楽家としてもっとも優れていないといけない聴力を失ってしまったということを、私を憎む人間に知られたくない」。私はこの独白で、既に泣いてしまった。なんて孤独で悲しい、可哀想な人なんだろう。その必死な鎧ゆえ、ベートーヴェンは、才能を認められつつも、ひどい癇癪持ちでわがままでエゴイスティックな変人として忌み嫌われてもいたのだ。(今回見直してみたら、ゲイリーのベートーヴェンがなぜか
小泉首相にダブって見えた!鼻とか口元のライン、髪型、そして変人ぶり・・・。)
一番好きなシーンは2つあって、まず
「月光」を弾くシーン。蓋をしたピアノに聞こえない耳を押し付けて、振動を頼りに「月光」を奏でるベートーヴェンの姿は、とても悲しげでいて透明で美しいのだ。日本版のポスターは、ここのシーンの写真が使われている。こういう物悲しさって、日本人の琴線に触れるのだと思う。
そして何といっても後半、年老いたベートーヴェンが
「歓喜の歌」(第9)を発表するオーケストラのシーン。壇上に上がったベートーヴェンは、「歓喜の歌」(の振動)に身をまかせ、少年時代へと思いを馳せるのだが、ここの映像がとにかく素晴らしいのだ。暴力的な父から逃れ、夜更けに家の窓からこっそり抜け出してひたすら走りつづけ、たどりついた湖に身を横たえる。満点の星が彼を包み、まるで宇宙に抱かれているような壮大な世界が広がる。実際に彼が少年のころにそんな経験をしたのか、あくまで幼い空想にすぎなかったのかは分からないけれど、その光景を思い描く老ベートーヴェンの姿があまりに純粋で清らかで、表情は子供のようなのだ。そして「歓喜の歌」という名曲の素晴らしさも相まって、ここは本当に胸がいっぱいになるシーンだ。ここを見るだけでもこの映画は一見の価値ありだと思う。
兄弟との確執、期待と愛情をかけて育てた甥との生活とその果ての悲劇、そして最後に明かされる「不滅の恋人」の真相。事実とフィクションを織り交ぜた作りとなっているが、ベートーヴェンという孤高の天才の生き方が垣間見えて、とても興味深い作品となっている。そして最初、彼が演じると聞いたときは、正直「どうなるんだろう?」と一抹の不安を感じていたゲイリーのベートーヴェン像。蓋を開ければこれ以上ないほどの名演だった。やはり彼は上手い人です。そしてなんだかちょっぴり存在が悲しげなのだ。そこに私は惹かれたのかもしれない。
当時のヨーロッパの古い街並みや宮殿、美しい風景、女優達の衣装、そしてナポレオン支配下で過酷になっていく社会情勢。見所のとても多い映画だと思う。機会があったら、できるだけたくさんの人に見て欲しい一本!
☆本日のオマケ画像☆
ミラ・ジョボビッチと
ダナ・キャランの広告に出たときの写真。ふたりともかっこよすぎだ!!